教員の研究紹介
東田 道久

生体情報システム科学専攻 Major of Biological Information Systems

和漢薬の理論を基盤にした各種うつ病発症機序の分類・解明と新規抗うつ薬の開発に関する研究
Clarification of generating mechanisms of various types of depression development of novel antidepressants by the Wakan-yaku theory
Michihisa Tohda和漢薬知統合学 Consilienceology for Wakan-yaku
東田 道久 Michihisa Tohda
  • TEL : 076-434-7611
  • URL :
  • Keywords : wakan-yaku, depression, 5-elements theory, MRI, RNA universe

研究の背景と目的 Background and Purpose of Study

うつ病は患者の社会活動を減退させ、患者に対応するための周囲の気遣いも大きな負担となる。自殺との関連性も深い。自殺は20~39歳においてその死亡原因のトップを占めが、社会・家庭を支える働き盛りのこの年代での自殺による突然の死は、親族・同僚に与える打撃は大きい。うつ病の治療薬・抗うつ薬の基本的な治療概念・戦略は「モノアミントランスポーター」を主たる分子標的としている点で 50 年来何ら変わっていない。しかもその概念が本当に正しいか否かも完全には証明されていない。一方、和漢薬の概念では「気」が重視されていることより、和漢処方中には抗うつ効果を期待させる薬物が多く存在し、科学的根拠は乏しいものの、独自の論理に従った細やかな使い分けがなされている。和漢薬の経験則を基盤にした研究により、うつ病を細分化し、よりシャープな抗うつ薬の開発につなげることが可能になると期待できる。加えて和漢薬を用いて研究を行うことの利点として、ヒトに投与することが可能である点が挙げられるであろう。近年、画像解析法によりうつ病をはじめとした機能性精神疾患の研究が盛んにおこなわれるようになってきた。 以上の観点から、ヒト脳での和漢薬作用を画像解析法により検討し、その結果をモデル動物を用いた行動薬理学などのin vivo系実験に応用、さらにそのモデル動物を用いた生化学的・分子的知見と培養細胞系などの in vitro 系の知見の比較検討、その知見に基づく in vitro 系を用いた有効成分の微量バイオアッセイ法の確立と応用が、うつ病の分子機序・新規抗うつ薬の開発の上で有益である 。


.Depression reduces patients’ social activity and imposes a great burden on others who care for the depressive patients. In addition, most of the suicide victims which is more than 30,000 suicides/year in Japan are associated with depression.Depression is ranked first as the cause of death in the group aged 20-39 years. People in this age group are in the prime of life with full of physical activity and support their families and society. Therefore, sudden deaths due to suicides have an immeasurable economic/psychological impact on the family and colleagues. The basic concept and strategy of treatment with drugs for depression have not changed during the previous 50-year period; “Monoamine transporters” have been the main molecular target. However, the correctness of this concept has not been completely confirmed. On the other hand, in the concept of Oriental medicine, Wakan-yaku, since importance is attached to “Qi”, there are many drugs expected to have antidepressant effects among the Wakan-yaku prescriptions. Although scientific evidence is insufficient, these drugs are used according to the detailed empirical rules of Wakan-yaku, such as “Five Elements Theory”. Studies based on empirical rules of Wakan-yaku may allow the further classification of depression, contributing to the development of more effective antidepressants. Another advantage of studies using Wakan-yaku is that administration to humans is possible. In recent years, imaging analysis is widely used for studies of psychiatric disorders including the depression. For the clarification of the molecular mechanism of depression and development of novel antidepressants, it seems to be useful to analyze the actions of Wakan-yaku by applying the obtained results from the human brain to in vivo experiments such as behavioral pharmacology with depression model animals. Comparing between biochemical and molecular findings obtained from the model animal experiments and in vitro systems such as cultured cells, and establishment and studying the supersensitive trace bioassay methods for finding the active components in Wakan-yaku will give us new concepts and treatment drugs for depression.

本研究の領域横断性

本研究では、ヒトから分子に至るまでの幅広い研究対象に対し、画像解析や電気生理、遺伝子解析などのさまざまな手法を駆使する。工学的、理学的発想の裏打ちが必須であり、またその分野の新手法や解析法を取り入れていくことにより、飛躍的な発展が期待される。また和漢薬を基盤としていることから、本理系教育部以外の文系学部との連携 (歴史・文化の背景や医療経済学的視点など) も模索している。

研究内容

1)うつ病モデル動物を用いた和漢薬の抗うつ効果の評価

うつ病モデル動物として、学習性無気力 (LH) 動物を作製し、実験に用いている。マウスに嫌悪を感じる程度の軽度の電気刺激を、そこから逃れることの出来ない状態下で与えると、その後の逃れることのできる環境化の実験においても「逃避行動」をなかなかとらなくなる動物が現れる。この動物を「うつモデル」として、薬物を投与し、刺激回数に対し逃避行動をとった回数を指標として、抗うつ薬および和漢薬の薬効を評価している。

2)和漢薬により発現変化する遺伝子の同定

各種培養細胞の培養液中に和漢薬および生薬の組合せエキスを添加し、一定期間以上培養した後、DNA アレイ法、RT-PCR 法等により発現変化する遺伝子群の解析を行っている。五行論の分類に基づく各種和漢処方について検討を行っており、興味ある知見が蓄積されている。この手法は「ふりかけ実験」と称して、とかく軽視されがちであるが、微量で実験でき、得られる情報量が多いなど、系としての有用性は高い (そもそも「細胞培養」には自然界から抽出した重要な物質が必須である、牛胎児血清である)。培養細胞での結果に基づき、モデル動物脳中での変化を RT-PCR 法および in situ hybridization 法等で検討している。発現制御機構についての検討も、細胞への遺伝子導入や SiRNA 法により検討を進めている。

3)和漢薬のセロトニン2C 受容体 (5-HT2CR) への作用:電気生理学的検討

抗うつ薬の多くは、5-HT2CR に対し遮断薬として作用することが知られている。そこで5-HT2CR に対する作用を、ツメガエル卵母細胞に試験管内合成した5-HT2C RNA を導入することにより膜表面に受容体を発現させ、電気生理学的検出法により検討している。3D-HPLC との組み合わせによる有効成分の同定・精製、さらに生薬の組合せによるその成分抽出率の増減と薬効性変化との相関性に関する解析を通し、新しい抗うつ薬候補の創出を目指している。この手法はごく微量の成分の検出と実験上への利用を可能としている。加えて、5-HT2CR mRNA 上で生ずる editing 現象に関する機能的意義に関しても、変異を加えたRNAを合成し研究している。

4)補中益気湯感受性脳における物効果の MRI解析

和漢薬は「証」にあわせて処方される。すなわち「薬物感受性」の有無を治療上の重要な要素としている。そこで「証」の違いによる脳内での薬物反応性の違いを MRI を用いて解析している。うつ病モデル動物も個体により和漢薬感受性に違いがある。それを利用して「証」発現メカニズムの解析を目指した小動物MRI を用いた研究を進めている。加えて、脳内薬物作用部位の詳細と神経支配上の相互連関性や、生薬の組合せ、精製成分による応答などに関する検討も進めることで、ヒトへの応用を意識した研究を推進している。。

参考文献

  1. Tohda, M. et al.: Neurosci. Res. 62, 1-8 (2008).
  2. Tohda, M. et al.: J. Pharmaco.l Sci. 113, 362-367(2010).
  3. Tohda, M.: J. Trad. Med. in press(2012).